「やりたいこと」がほんの少しだけ見えてきた、あとはブレーキかける癖をやめること

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《イキカタ》

最近気づいた(再認識)のですが、どうやら私は定住型ではなくノマド型。
きれいな部屋には関心があっても、部屋を飾るってことにあまり関心がない。
リラックスできる部屋は大事だけどものが多いと落ち着かないし、すぐ移動できるくらいな荷物量が安心する(こどもと一緒の生活に必要なものは現時点ではたくさんあるにしても)

とこたびさん

うえのブログのような旅しながら、の生活、理想かもしれない。

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そうすると今やることが見えてくる

服や趣味にお金をかけるタイプでもないので、その辺は困らないにしろ、

☆ノマドワークのスタイル
☆どこでも寝れる、歩ける体力

が一番大事かなと思う。

そして、部屋を片付けようとするときは、ノマドライフをイメージして片づけたり、保管したりを決めて行けばいいと思うと気が楽。

ものを買う時にもそういう視点で買えばいいのかも。家具・家電はこどもに譲れるようにちょっと質がしっかりしたもの。
アウターとか靴は長年きちんと使える質のよいもの。ひとつくらいはスーツやドレスっぽいのを持ちつつ、あとはノマドライフ用のものを集めよう。

いまの生活も楽しみつつ。

ノマドライフ以外のもうひとつのイメージは、シェアハウス作りかな?
○○の為の、っていうんじゃなく、自分のための雑多なシェアハウス、いろんな人が入れるような。そんなところ作るのも面白い。

そうすると、大家とか不動産関係にも詳しくないとなー。宅建でも取りますかね?
なんかちょっとだけ忘れてたワクワク感。

大きくしなくていいんだな、自分サイズからスタートする。今できる規模からでも始める。
それが大事なのかも。

普通になってから、とか大きいのを最初から目指さないで、いまできることで。

いま興味がわいたワード

宅建、シェアハウス経営、株、為替。
お金ちゃんと計画的に回せたらいいよね。ちゃんとデータとして勉強して。

経営・経済・会計など学び直していったらいいだろうか?エネルギー少ないひとがすることは

最短・省エネ

でできる方法を探すこと。

宅建、今調べてみたところ、住所地から遠いところが受験地ですねー。どうやって物件取得したらいいかなとか、考えるとちょっと楽しいかもです。

自分の部屋を飾るのは好きではないのですが(常に動きやすくしていたい)インテリアとか雑貨が嫌いなわけではなく、DIYは得意なので人のためのシェアハウスをいろいろデザイン妄想するのは楽しいかもしれません。

そう考えると断捨離するにも、これは保管して活用できるかもなというものは取っておくとか判断がしやすそう。全てときめかないのを捨てる、っていうのは性に合わないのです。だって、時が過ぎると感じ方変わることあるから。そのときときめかないものでも良さがわかるときや、思い出の断片になることもある。
100均のグッズとか日常使いでへたってきたものはさすがに捨てますが、着ないサイズの服やなんかの工作のきれっぱしとか、ときめかないけど何か心に引っかかる、っていうものは取っておくしろか黒かの判断じゃない部分って人間にはあると思うので。

今までの興味は「生活するため」のワード、いまはワクワクすることを選んでいきたい

たとえば翻訳、在宅ワーク。
生活するための、引きこもって生活するための、それに必要な興味。
もちろん好きな分野であるからいいんだけど、いまひとつモチベーションが上がらず体調の悪いときには頑張れない。

ワクワクって、それだけじゃ楽しているように見えるかもしれないけど、実はワクワクの方が経済的なのかもしれない。
だって、ワクワクすることは「外に出れない」とか「なるべく引きこもって」と思っていることをおしてまで(無理にではなく)したくなること。報酬とかリターンがなくてもワクワクで動く、ってことは意外と生産性とか数字にこだわってしまう自分にとっては、罪悪感なく動ける理由になるのかもしれない。

ワクワクの方が効率的!って。自己肯定セミナーとか、カウンセリングにお金をかけずともやる気と行動力と、まとめる意欲が湧いてくるなら、「ワクワクは経済的」。

節約したいほど、ワクワクすることだけしよう、ってことだ。

あ、これも近いですね。わたしも味とか「おいしい」ってことを大事にするの忘れてたんですよ。

良い節約はうまいメシから!借金玉の「カリカリお好み焼き」
これは貧困時代における僕の頃の主食「究極お好み焼き」という料理です。

微妙な化学調味料とか、酸化とかわかってしまう自分を「過敏」って病的に捉えてたんですが、それを大事にしておいしいものを見極めれる感覚があるってことだったんですよね。
大事に、多くのものを、じゃなく楽しめばよかったのに。

健康つくりは「普通」になるためにやるものではなく、ワクワクすることをやり続けられるために作るもの

そうなんですよ!
たぶん、ここを間違っていた。だから、ある程度復帰してもまた壊してしまったり、普通じゃないことに打ちのめされてします。

普通、っていう概念が意味ないことはわかっているんですけどね。どんな人でも得意不得意、特性ありますし、環境だってそう。勝手に作った「普通という概念」に縛られているのはわかっている。

輪郭がわからない「普通」のための健康、ってなに目指したらいいかわからなくなる。具合が一度も悪くならないことなのか、人込みが気にならないことなのか。

人込みが平気でも、いつも寝込んで動けないならそれは健康じゃないし、健康な人でも体調にも寄る。

ワクワクを実行できる状態にもっていければ、昼夜逆転だろうが引きこもりだろうが、ノマドライフだろうが、それでいいのだろう。

人の作った「健康法」じゃなく、自分がワクワクを実行するための健康。ワクワクがわからないと、そんな力はでないから、まず精神的な疲れを、無理をためないこと。

ワクワクが湧かない状態に陥らないこと。
借金しないことより、離婚しないことより、ニートにならないことより、まず一番大事なのかも。

環境は変えられるけど、ココロが動かなくなると、体も動かない。
そうか、ワクワクしとくのは、

健康にも経済的にもいい
って考えたらケチな私も、罪悪感なく、理路整然とワクワクを追い求めていけそうだ。
べき、に巻き込まれがちな鬱状態に落ち込みそうなときに、

ワクワクは経済的っていう真理・論理

を思い出すように心がけよう。べきは非経済、発展しない、って。それくらい自分の感情と切り離したほうが、べきから逃れられる気がする。

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