たいてい日本人のほうが、おんなの方がヤバい。今考えると拉致?

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けっこん振り返り

浮気をオトコを責めずに女にあたるっていう意味ではなくて本性って意味で。
女のほうがヤバい。そして日本人って追い込まれるとヤバい。

承認欲求の激しさか、歯止めが利かない・理性がきかない

外国人浮気オトコがいたとして、そのだらしなさはもう性分で、もとからそうで通常がそう。ただ、それに関連する日本人の女のほうがヤバい。これは経験談として。

一度、甘い言葉をささやかれるとそこに承認欲求が満たされるのではないかと思う。そうするとそれを失う可能性のある流れ、じゃまする人を全力で阻止しようとする。根本として、自己評価が低いのだとは思うけれども。

ひっぱたく喧嘩とかならまあアリとしても、人生に大きく影響する嘘や策略、そういうのはいただけない。だって人の人生を壊しているわけだから。お互い、人生をリスペクトした上での戦い・奪い合いとは訳がちがう。

ましてや大人の男女じゃなくこどもが関係している場合は、それはもう「やっちゃいけないルール違反」だ。

トイレさえ世話できず、しゃがめず立てずごはんも作れず、頼れる人もいず

高熱とけがの炎症で動けなくなってしまったとき、介護も抱えていて、自分も過労やパニックを抱えていた。

そのうえ、離婚が済んでいないから手当も貰えないし、地元の保育園などのサービスも受けられない。住所地じゃないから。

住所を変えなかったのは、ちび父を国外に追放したいわけではなかったから穏便に在留許可等いろいろ考えて離婚したかったからだ。

本来、住所地を変えていたら保育園にも通え、回復する時間ももて、一時期なら乳児院も利用できただろう。実際、高熱のなか状況を説明して、利用できないか問い合わせしたのだ。
もちろん、乳児院だって抵抗はあった。アレルギーもあったし、手放すことは不安しかなくて。

もうご飯さえ、買物さえ無理になり、2歳児の動きの相手もできない。仕方なく、もと旦那にヘルプを求めた。お店をやっていたからこども見る余裕もないのもわかっていたけど。
そうすると必然的に、どこかの知らないおんなを利用するだろうこともわかっていたけれど。

とにかく食べ物を食べれて、寝れて、生活できればいい。最低限。すぐにかえしてもらうから。今だけ。1~2週間だけ、と思って実家によんでこどもを連れていってもらった。

小さいバックひとつにお気に入りの何かと、写真とったSDカード入れて。赤ちゃんのころのたくさん。

・・・もしかしたら、もう会えないのかも?というくらい、動けず体がダメだったし先が見えなかったから。

結果、戻ってきたのは半年以上たった後。長くなったのには「女のヤバさ」が。当時それを読みとるほど余裕はなくて、ただただできることを探って生きてきて、今になって怒りが湧いているのだけれど。

配偶者には配偶者への怒りはありますよ、それはこっちの問題。そもそもあんた関係ないでしょ、というひとから壊される家庭・人生

養育費払えよ、とか余計なおんな連れてくるなよ、とか配偶者への憎しみ・怒りはそりゃありますよ。でもそれはこちらの責任(自分のという意味ではなく)で一時期でも家族のことなわけで、対応義務がある。

でも、関係ない人に人生壊される義理ないですよね。何様でこの問題に入ってきてるの、って思います。

半年かえってこなかったこどもですが、パニックもまだまだ、何年も寝込んでいた状態で私は東京に迎えにいったのです。どこかの窓口で問い合わせや手続きをするだけでも、タクシーを使っても息苦しく手が震えて、の状態で小口資金をどうにか借りて、短期のシェアハウス見つけて。
買物すら地元ですらろくに行けなかったのに、都心でバイトを探してです。小口資金はシェアハウスの代と交通費で消えちゃうし、帰りの交通費は残しておかなければならなかった。

それに連れてかえって病院と、老人がいるところ、保育園も入れず、住所も東京のまま、どう生活すればいいのか見えないまま。かといって、東京で住んで働いて、3歳児と生活していくほどの体力がない。ぎりぎりで来ているのだから。

やっと行けて、やっとこどもと会ったとき、預けたときより体が小さくなっている。成長してるはずなのに。声がトーンが高くなっている。別人のようでした。ちょっとおかしなこと言うようだけど、「え?だれかと取り換えた?」っていうくらい。

そして、再開してなぜか「お母さんでしょ?」と元配偶者がいう。「ママ」と呼ぼうとしているのに。当時よむ余裕がなかったとはいえ、これだけはすぐわかった。
いえに女の人をいれていて、そのひとを「ママ」と呼ばせている。だからそう呼ばなくならないように、こっちは「お母さん」で。

そのまま連れて行ければよかったですよ。たぶん無一文でもからださえ大丈夫ならそうしてた。
実際、倒れる寸前のころ、東京で託児所付きのクラブの面接に申し込んで日程も決まってた。

ただ、そのときはたぶん勢いだけで連れ帰っても、シェアハウスにはこどもは連れていけないし、再起不能に倒れたら、それこそ取り返せない。

タクシーでシェアハウス(道がわからなかったのと荷物があったので)に向かおうとしたとき、無邪気に一緒に乗ろうとした顔がいまでも忘れられないです。ほんと当たり前に一緒に乗ろうとしていて、それは当然それでいいことなのに、なぜ拒否しなければならない状態に置かれているのか。

いま、勝ち負けやチカラや闘いにこだわるのは、こういったときの「ちからのなさ」「ふがいなさ」が深く残っているからかもしれません。

次に会おうとしたときには、おんなの実家に預けられていた

仮に仕事や生活のためにどこかに預けるとしても、なんの血縁もない、そして私は顔も住所も素性もしらない、赤の他人のいえにこどもだけ預けられていた。

これはあとから知ったことで。
最初は、保育園?の家族と温泉旅行にいくだかなんだか。それにしたってなんで子どもだけ?って言いましたが、場所さえ教えない。今考えたらほぼ拉致ですよね。わたしはどうやって会いにいったらいいのか。

そして連れてかえる算段がないのなら、なんのために東京にいるのか。
普通に、男を奪いたいとして、わたしが嫌いでもまあいい。人間として「こどもを預かってます。~で預かってます。」というような緊急連絡先として伝える必要があるという常識はないのか。

定住ビザの問題で、こういうことになる可能性を危惧していたから、生まれてからずっと大変だったけど倒れないように倒れないように、気を付けて、気をつけて自分だけが無理をして、結局危惧していた通りになった。

もちろん、配偶者は別途怒りを向けるけれど、だから私は
「承認欲求の強いおんなと行政の窓口」は大嫌い。

自分に関することだけじゃなく、そのひとことで、その安易な行動で人生が壊れる、人生を無くす、ようなことがあるのを自認してやれよ、その覚悟でやれよ、って他人のことでも腹立たしくなるのだ。

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