人を助けるのに頑張る余裕はありません、という話。

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《イキカタ》

いやはや、長年自分以外のため(といっても合理的に、自分より動けない立場のひとが回りに多かっただけ)に動き続けて、ちょっと落ち着いたからって、普通の生活をとりあえずできている「国際結婚の困っている人」を助けるほどの余力はなかったということにいまさら気づいています。

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ブログを書くのにも「べき」を意識してしまっていた

どうにか役にたつ情報をとか、解決後の流れを書かなくては、にとらわれていたので、なかなか進まなかったところもあるようです。

書いて、客観視して、次に進みたいというような活用としても、なかなか書けない。
型を作って、それにはめないといけない気がしてたんですよね。ずっと。

本来、おもったままにしか動けないタイプなのに。だからこそ、結婚相手との相性は置いておいて、「べき」に無意識にからめとられてしまう日本社会より、家庭内だけでも「グローバル」になる国際結婚があっていたと思うのです。

地方に出戻り 心が息苦しい

生活としては、外国人と結婚生活するより、日本人として生きていくほうが安定しています。でも、そのためには自分が「日本人」であろうとする。日本社会に無意識に順応する。

シングルマザーだから、外食はしない、とか。
ちょっとでも派手な格好はしない、とか。

特に、外国人との離婚で出戻りは、こんな国際化した現代でも地方じゃ、あまりイメージがよくない。イメージが良くないを打ち壊すには、普通の家庭の人より頑張って成功してたり、なんかプラスの方で余分に結果を出していないと。

そういう頑張りも含めて、ゼロ以下のエネルギーまで倒れてしまった人が、普通の人より大変な環境で(リソースもなく)普通の人以上に成功しないと、したにみられるってどんだけエネルギーを必要とする社会なんだ、っていうことです。

ブログにきちんとしたこと書かなきゃ、っていうのもその感覚の一部だな、って気づいて。
もう思うままにお伝えしましょう、ってなりました。
半分は、おつたえするため、半分は自分のため。

ひとがメインな性質は変えられないのだろうから、半分くらいは自分のために時間もエネルギーも使う練習をしようと思います。練習のひとつとしてのこのブログ。

ネガティブな感情は全然ないのだけど、もうガンバレないのがいま

マイナス50くらいのエネルギーのときに、どうしてもこなさなければならない環境があったりして、そこを無理してやると、デフォルトがマイナス50になって、大変なときはあとマイナス50くらいの無理をしてしまう。それは、これでラストだ、と思えばこそどうにかこなせるのであって、そういうのが、今回で終わりなはず、今回で…っていうのが、何年と続いて、その間に少しずつ体や心を回復させる方法を試みたり、楽をする方法や考えかたも少しずつ身につけてきたつもり。

でも、ここ最近、たぶんもう、「頑張る」の予備がもう空になっちゃったんじゃないかと感じています。

「もう耐えられない(つд⊂)!!」っていう悲壮感あふれるそれじゃなくて、単にもう在庫がない、的な。

人生に一定の「頑張るポイント」があるとしたら、一生分頑張ってしまったので、もうあとは「楽しむポイント」しか残ってない、というかむしろ、じゃないとバランスが取れない、というところまでぎりぎりになってしまったのだと思う。

頑張るのではなく、楽しみたい

誰にも見られない(リアル情報を検索するような現在進行形国際結婚・離婚関係者以外)ブログにまで、「べき」「べき」考えている。

国際結婚しても、気性はどうしたって日本人なんだなと思う。楽しめない、とこも含めて。
だからこそ、国際結婚に自然とはまり、そこが居心地がよく、在留資格やまわりの偏見など二の次だったんだろうな、と思う。

そう、途中まで私は国際結婚のトラブルを楽しんでいて、客観的に見ていたのです。
ネタ、として見れていた。

別にそれを活用しようと考えていたわけじゃなく、客観的に見れなくなり、日本人であろうとしはじめたら、自分も相手も「べき」「べき」で苦しくなった。そういう面も離婚の一面にあると思う。

あ、もちろん相手のいろいろも問題の大きな一部分ですが。

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