国際離婚モノガタリ[であう前編 第1話]

スポンサーリンク
カテゴリー
《イキカタ》

地方都市在住

 

「国際結婚しましたー」なんていうと、留学とかにもともと興味あったの?ってよく聞かれます。

そういえば、高校生のときに交換留学生とかのシステムがあって、行ってみたいなとは思ってたけど、どういう流れで申し込めるとかまでは考えが回らず、ただ普通の高校生をやっておりました。普通の学校生活、から早く抜け出したかったのはあります。

ただ、海外という選択肢があるということについてはあまり身近ではなかったです。

 

学校はつまらなかったし辞めたかった

地方都市の進学校。

勉強すること自体は好きだったのと、特にいやな感じの学校ではなく比較的自由な校風。ある程度勉強ちゃんとしてたら、ちょっとしたヘアスタイルとかスカートの長さとか、持ち物とかはあまり文句を言われない感じ。

ただ、つまらなかった。入学したての1年は、新しいことだらけだからそれなりに過ごしていたけれど、2年からは毎日がつらくはないけど楽しく無かった。

当時ははっきりとわからなかったけど、大学にいくのが当たり前の家庭の子が多く来ていて、人生にたいする焦燥感が違うというか、価値感が平凡すぎる集団のなかでつまらなさを感じていました。

だからといって、辞める、という選択肢も考え付かなったので卒業はしましたが、きっと何かやりたい夢とかその当時持ってたら辞めてしまってただろうなとは思います。

ただ、まあ地元に帰ってきて思うのは、まあ一応卒業しておいてよかったな、と。名刺代わりに進学校の出身は歳をとってくると便利ではあるようだ。

あくまで資格とかと同じニュアンスで。

 

レール通りの道に違和感

大学進学が唯一の選択肢のような環境にいるなかで、多様性を求めていたのはたぶん、どこかしらグローバル目線ではいたのだと思う。

95%以上の生徒が進学するなかで、「多様で居たいので」という理由で進学拒否するとめんどくさいのはわかっていたので、センターはそれなりの点数を取って、二次試験を白紙で出してきました。

センターをちゃんとやったのは、経験としてもやっておきたかったのと、勉強は好きだったから結果を出したかったのと、できなくて行かないんじゃないという外に対するわかりやすい証拠を残しておきたかったから。

そして、二次を白紙で出したのは、今ほどはっきりと「自分はどうしたいのか」が明確だったわけじゃないから、二次受かってしまうと惰性で大学進学してしまうと思ったから。

最初の違う道選択はここからでした。

 

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました