こどもを手放す? 後悔と母親だけが身を粉にすべきという美徳

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《しんぐるまざー》

いちど倒れたときに父親側に1週間のつもりで預けたことがあります。
なかなか帰ってこない。それでまだからだは列車に乗れる状態でもないのに、都心へとりもどしにむかったことがあります。

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久々の対面

会った瞬間つれてかえれば、継母候補のひとの実家とかにつれてかれることもなかったのに、なぜタクシーに乗せて連れ帰れなかったのか。

たしかに少ない資金で滞在していたところは、こどもを連れてかえれるシェアハウスではなく、すぐに場所を用意できるほど自分が通常の状態でもなく。

パニックや体調不良が起きないように、必死に気をはっている状態。しかもそこは田舎ではなくひひとごみの都心。

なにもかんがえず実家につれ戻ってしまえば、ひとの実家よりはましだったかもしれないし。

考えないでうごく、と考えすぎが両極な自分は、このとき、連れ帰ったとして母親、祖父、のなかに体調不良の自分、3歳児に対応できず、また倒れるとおもったのだ。
そうすると、もうだれも頼る人はいない。児童養護施設とか乳児院しかない。しかも、わたしがすんでいるところとは別の。

さっさと離婚してくれれば、乳児院だって一時的に回復するまで、とか母子寮や児童扶養手当だって手続きできる。
しばらくのあいだ、立ち上がるまで最低限の生活はできるのに。



東京に住所をおいたまま、離婚できないのが一番問題だった。

離婚したいのにできない

ビザの問題で、いろいろあってもすんなり離婚には行かず、結局なんの世話もしてもらってないのに、母子がもらえる手当をもらえる状態にはならないってことが余計、連れてかえることを困難にした。

別に最低限の生活、しばらくはそれでいいと考えれば、どうにか母子手当等で1年くらいはやりきれたはず。それが離婚できないから動きが取れない。

ここで水商売でもして、自分のてもとからこどもを話さないようにすればいい、っていう思いがいっぱんからも自分からも出る。

選択肢を模索して、可能性があるものはやろうと思うからだ。

でもなぜ、おんなのひとがわだけが、身を粉にすることを美徳みたいに言われるのだろう。

たおれたほうが手を離すより正しい、というような。

事実、やれることはやろうと思っていたから、倒れる前に実家に帰らないで育てられるように、あまりお酒はすきではないから、お酒なしでOKな銀座のお店にもうしこんだことがある。

黒服らしい方、ままさんらしい方とメッセージのやりとりをして、こどもの預け先とかも相談して、面接予定だった。

そのまえに倒れちゃったんだけど。

それはある意味止められた、という意味でもあるのかなと。水商売を、じゃなくて、普通に稼いで養えていたら、もっと頑張ってしまい、別のタイミングで倒れたり、余計な事業とかに手を出したり、別の意味でこどもから目を話す展開になってしまっていたのじゃないかなと。

それと同時に、なぜ限界を超えた方法を模索することが、まま側には美徳で、父親がわはなにも動かないことがOKなのだろう。

水商売にいやなイメージはわたしはありません。ただお酒があまり好きではないので、それが必須でないところがいいな程度はあるけれど。

行政、父親、もっと動けと思う

決めたらやるけれど、後悔しないけど、ただその前に父おやや行政がもっと手をさしのべるべきで、決まりごとがあってもイレギュラーだらけの人生だって理解すべきで。

もし行政の窓口のひとになったら制度をよく勉強して、例外、みたいな感じでご案内できるくらいにはなりたいわ、と公的な機関に苦しめられてきたからこそ、思う。

パパ側と違って、公的機関というのは、対象が漠然としていて、怒りがわいても対象がひとりじゃないから、むけようがない。社会をかえていく、くらいの勢いがないと。

だからって政治をやりたいわけじゃないし、だからなにかしら自分も生活できて、社会にもよい事業を、っておもうけど、その原因(ぱぱや社会)によって枯渇したエネルギーや体調を平常に戻すので精一杯だ。

だから、このままのかたち、弱ったままでできるかたちを模索しない限り日々は過ぎていってしまう。
アップダウンの体調。予定どおりには進まない計画。すべて織り込み済みで進めないと。

なにかを楽したいなら、なにかを追う覚悟を すべてひとりが背負うのはこどものためにならない

結局、なんで連れ帰れなかったか。

☆ 様々な社会の制度の問題
☆ 家庭環境
☆ パパ側のなにかマイナスを背負う覚悟のなさ(好きでない相手とでも再婚するとか、国に帰るとか)

全部は求めてない。全部ゼロになってもマイナスになっても動こうとしている人がいるときに、じぶんはなにも失わないようにする人が多い。
それはマイナスのこと(借金なら不倫やら)をすることよりもときとして罪だ。
しかも、自分は悪くないっt顔できるからね。

ほんとにむりして引っ張ってくればよかったとすごく思う。

そしてから方法を考えればよかったと。

どうにかなるさ、って。それから半年電話にもなかなか出させない(継母予定の実家に預けていたからでしょう)し、国においてくる案とかもでたり、いろいろ抜け道、情報しってたら、とりあえず連れ帰る、ってできたはず。

情報は大事。そして、発信すべき公共機関は困った人が聞かないと教えてくれない。そんな余裕なんてないんだから普段から周知活動しろ、といいたい。

緊急時の方便は、やさしさのうち 正義や正論はいらない

限界な人が、調べて相談して、それをつぶすことしかできないならボーナスとかもらってんな、と思う。

たとえば嘘でもいいじゃないか、なんパーセントかだ、そんなもの。
どんな理由でも、家を出なきゃならなかったひと1ヶ月だけは理由なしに細かい手続きなsに(犯罪党の危険くらい)安価に住める場所を提供するとか、その後それ以上のときにはしっかり調査が入るとかでいいじゃないか。

DVなり、急な問題で、着の身着のまま、そして考える暇もないことが多いのだ。そのいつも神経を張り詰めない状態で考える暇を持てる、それって大事なことだ。

追い立てられているときの判断能力と、いったん引いてみるときの感覚とは違うから。
そういうところを作りたいなとはおもうけど、それって宝くじでもあたらないと難しくて、本来行政がやることですよといいたい。

そのような業務をする社会福祉士とかの資格をとって入り込めばいいのだろうか。
なにはともあれ、行政がやるべきこときちんとやって、その間に落ちてしまうことを民間がやるべきなのに、と思う。

そして、制度は本来ゆるみを持たせていると思う。それを運用する窓口の人の勉強不足。
全員ではないけれど、安定目的でなったひとも半数くらいはいるんだろう。それから仕事に興味をもつひともいるだろうけど。

ただ。その半年の後悔で、目を話さない子育てができているのだろう。でも年齢的にそろそろ目をはなすときかな?

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