将来性がないものばかりの母子家庭のための就業支援

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《ヨノナカ》

母子家庭となると、いろいろな支援や事業があり、条件によって利用できるものも探すと結構あります。

在宅ワークもそのひとつです。民間の在宅ワークの就業支援も増えていますが、

・どれが怪しくないか判断付かない
・きちんとした在宅ワークはレベルの高い人しか受注できない

というはっきりと仕事に結びつく流れにはなっていなくて、公的機関が安心かなと思って
ひとり親・寡婦の在宅ワーク
をやっている自治体主導のものに申し込んだことがあります。(やっている自治体が限られているので住居地をぼやかすためはっきりとした記載を避けています)

まあ、とにかくこどもと安定した生活を送りたい、そしてひとりものではないのでこどもの将来のことも考えて、将来に繋がるスキルが身に着く(積み重なる)仕事をしなければならない

というタスクを背負っていること理解して企画しているんだろーか、というものでした。
民間なら、まだわかります。利益や効率を優先しなければならないから、ひとの将来計画など事業に盛り込めないのは。

しかし、そのための公共であり、福祉であり、母子保健。
将来やQOL、効率的なスキルの身につけ方、家庭との(永遠のワンオペなのだから)両立をうまくするための公的サポート。
その辺まで考え、研究してから事業として出してはいかがかというのが当事者としての意見。

公的な母子就業支援事業を、 ちょっと客観視できる段階で経験して思うこと

個人的にこの在宅ワーク事業に申し込んでみる前に、一般企業の在宅ヘルプデスクをやる機会があり(ちょっと大きめの会社)一時期なお手伝いだったのだけど、そことの比較する視点も持っていたタイミングだったので、客観視することができたと思う。

でも、実際数年前にこの事業を見つけて、働きたいと思っていたら、
段取りが悪い発注側に対してまでも、
時間を取れない自分が悪い」「こそだてしながらみんなうまくやっている」「効率的にやることは悪いこと」「発注側や会社や、公的機関というのは正しい、ことだからやっているので一般人がおかしい、と思うことは失礼」[格安での仕事があるだけで感謝するべき」

と思ってしまっていただろうなと思う。でもほんとに必要なときって、客観視している余裕がない。だからこそ、余裕のある公的なひとたちがちゃんとリサーチして必要な支援やサポートにつなげる必要があるのに、おそらく苦労をしたことがないから、どの部分がニーズなのか全く想像もつかないのではないだろうか、といろんな施策をみていて思う。

当事者に任せてしまえば、効率もニーズを満たすことも叶うのに。
そうしたらお仕事がなくなってしまうと思うのだろうか。得意な分析や管理や事務作業と、分担すべきところをわければいい。経験や共感が必要なところに、いくらお勉強をしたところで、「理解・共感」には結びつかず、仕事をするほうも、助けてほしいほうも届かない感をいつも持ってしまうのだから、適材適所にすればいい。

当事者の理解経験だけで、学歴はあとからついてくる(取得サポートとか公的にやって)のでいい。当事者、ということが価値になったら、それで就業の道はいくつもできる。だって、苦しんできたのにまた別の努力をする頑張りを(普通で安定している人たちに)見せなければなにかのOKがもらえないより、苦しんできたこと=意味のあったもの、という価値変換にも救われる。

こんなシステム作れないだろうか、といつも思う。頑張ってきた人が「支援」を受け続けるのはおかしい。経験したことがない人たちだけが、「だれのサポートや支援も受けていません」といばり普通の生活をしているのはおかしい。たまたま、環境に恵まれていただけだ。

人生経験値でいえば、ポイントが少ないではないか。学歴、職歴以外のスキルも少ないではないか。

人たらしスキルとか、共感力、とかそういうの数値化できたり、ひとりで3人子育て頑張りました経験(別にそれで起業したとか、レシピ集出したとか、ヒーロー的ストーリーはいらない)が価値となって、それで生活をできるようになったら(ブランディングという意味ではなく社会システムとして)もっと、無理をしすぎないことが許される社会になるんじゃないかなと思うし、いつか小さい会社やコミュニティでも作って実現してみたいと思う。

いまは自分を癒すのに精いっぱいな時期なので、ゆるゆる生活しますが。

で、公的在宅ワークの実情

都心では請け負う業務が多様なので、まだよいとは思いますが地方だと、

なぜそれを在宅にしたの?
指示する側が目的わかってないじゃない!

というようなものが多かったです。
まず、在宅ワークを作れ、と言われて作っているような感じ(ほんとのところはわかりません)。それは在宅じゃないほうがは早く済むのでは?というものだったり、それをデータで送るのはちと大変すぎませんか?という量だったり。

やり方がシンプルにしか指示されていなくて、作業しはじめて気づく細かい質問とかをしても、
発注者がたぶん実際に作業もしていないから「どういう状態での質問なのか」すら理解していない。それを質問する側が説明するという不条理。
発注側が仕事自体は理解しておいてくれよ、という。

結局、この記事を見つけて書いてあることに同意です。発注側に、事業者側にノウハウがないのに事業として走ってしまっている。
普通に、必要で、就業支援として紹介されてきた当時者に気持ちがいたってないんでしょうね。
うえからきた事業、なにか発注しなければ、みたいなモノとして動き。
それによって変わるヒトの生活や、作業するヒトのこと、みえていないのだろうなと感じました。

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