日本人であることを活かすために。外国人との結婚をいま振り返る

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《イキカタ》

結構、年月が経ってしまいましたが、たまごクラブ時代。

いまごろでしたかね。
配偶者と連絡が取れなくなりました。
失踪とかじゃないです。

これからの生活が不安でもやもやしていた部分はあるでしょう。
自暴自棄というか。
いざこざに巻き込まれてて、電話がつながらないところにいました。

1週間ほど、連絡が取れず。
きっと友達のところとか遊び歩いてるのかなーと思っていたころ、全く見覚えのない局番からの電話が仕事中に入ってて、なんか気にかかってあとでかけ返したらビンゴで。

詳細は別途書いてみたいと思いますが、それから1~2ヶ月は大変だったし、その後すぐ引っ越し、出産、子育て、開店、職場復帰。

もともと虚弱体質なのに、倒れるの当たり前だなと振り返って思います。

いつだって、守ってくれる立場や権威はもっておらず、たとえそういう立場の人がまわりにいてもサポートしてくれる人はおらず。

3万円とこどもだけ抱えて、行き場を失っていたときもありました。

声のあげかたも知らなかったし(どこに上げるのか)あげても届かなかったし。

体力や武術のスキルがあったらとか、学歴が高かったらとか、家族が裕福だったら権威がある家だったら、とか考えたこともありましたが、結局そういうのに魅力を感じないからこそ、相手の素性もよくわからないままでも外国人と結婚できるのだろうし、きっとそう恵まれていたら、「困っている状態を助ける」という思考も身につかないまま大人になっていたかもしれません。

なにかしら武器があるのは大事だけど、最初から武器があると、「なにもない」状態になったらの恐怖に苛まれてしまうだろうから。

なにもない、弱い、ことはある意味よかったのかもしれません。

とはいえ、「普通」の生活をするためにあらゆる意味で「頑張り」続けるのはもういやだ、と感じています。

頼る、とか甘える、がしたいわけではないですが、
自分もなにも武器がないのに、声をあげ、他者を守ることにエネルギーを使ってきた長期間は、常に緊張感を持ち続けるという意味であり、ただなにも警戒せずに過ごしたい、という願望はあります。

守ってほしいというより、警戒感をいっとき肩代わりしてくれる存在。

最近そういう存在に憧れます。恋とか、異性とか、そういうの別にして、ただ「気を緩めたい」のだと思います。

ただ近しい人ができたとしても、その人が信用できなければ緊張状態は続くから、ただ信用できる人。そういう人に出会えたらいいなと思うことが最近時々あります。

頑張り疲れ。
もう怠惰でも、なんでも、いいや。
幸せ、と感じることしかしたくない。
そんな気持ちがやっと出てきています。
楽しいこと、感じれるようになっている。

頑張らないで進んで行こう、と思います。

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