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国際離婚モノガタリ[であう前編 第4話]

1年目のスクーリングはホテル

スクーリングは1週間から3週間程度なので、賃貸物件を借りるには短すぎるのです。かといって、ホテルの連泊も結構します。

最初の年はあまり詳しくもなかったのでホテル、一応ミニキッチン付きのところを借り、パニック持ちで最初の上京だったため、親同伴。(まだ未成年でもあったのでまあ頼ってもよいかなと思っています)

ふたりだと結構かかります、値段。そして、ミニキッチンついていても普通にスーパーとか知らない土地で見つけられないので食費も結構かかります。

年10万程度の学費で、塾講師のバイトでも賄えると思っていた通信制大学、スクーリングで結構な金額が掛かってしまうことになります。

ただ、続けたかったので、教育ローンを申し込んだところ、通信制大学でも通ったので、これを利用しながら卒業を目指そうと思っていました。

ゲストハウスという選択

短期滞在で、東京で住める方法。

1回目と2回目のあいだにいろいろリサーチしました。サブレット貸しだったり、ユースホステルだったり。

ただ、単なる上京なら環境や値段を優先できるのですが、大学の沿線でないと、パニック持ちの電車が苦手なのに長い時間電車に乗ることになってしまいます。

そこで、みつけたのがゲストハウスです。

当時、外人ハウスとも呼ばれ、海外に出たり、旅行好きで短い期間しか日本にいない日本人や、バックパッカー、短期滞在の外国人、バーのダンサーなどが利用するようなゲストハウスがぽつぽつとあったのです。

今一般的になっているシェアハウスのはしりのようなものです。ただ、主に外人向けのフリーペーパーなどに載ることが多く、国籍は様々な人が滞在していました。

沿線にあったゲストハウス、東京なので内見もできないままに予約をして、今入っているカナダ人が出たら連絡します、とスクーリングの夏、そのゲストハウスに直接向かったのでした。

土地勘の無さからの不安感

今でこそ、それほど都心から遠くなかったことがわかりますが、はじめての上京でしかもパニック持ち、内見もせずに決めたゲストハウスは駅から遠く古い。

それほど都心から遠くなかったのに、ある程度安く、個室だったのだから、当然だったのかもしれないけれど、土地勘がないから、不安感いっぱい。東京は怖いところというイメージがあったうえに、東京のわりに人通りが少ない。

さらに坂が多く、まだまだ体調が不安定なからだには困ったことだらけ。キッチンは共用スペースで、東京の人に会うコミュニケーションだって、久しく引きこもり気味だった身にはきつい。

最初の日は玄関近くの談話ルームみたいなところにあるテレビを見て、不安感を紛らわしていました。