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国際離婚モノガタリ[であう前編 第3話]

通信制大学に入学はしたけれど…

今でこそ、e-learningが一般的になって、回線も安くて、通信制の大学も増え、続けやすいシステムになりました。

でも、20年くらい前は今よりオフラインでやることが多かった。当然のことながら、スクーリングも実際の校舎に行かなければいけない。

海外ではないにしろ、新幹線に乗ってホテルなどに数週間というのはパニックとCSを抱えるわたしには相当ハードルが高いものでした。

かといって、レポートAで合格しても、結局スクーリングにもいけず卒業できないのであれば、そのレポートをやる意味すら見失ってしまいます。

若いのに、ほぼ外出られず健康雑誌を研究して、しいたけの汁健康法とか、○○体操とか、年取ってからやりそうなことをやる毎日。(おかげで今は逆に当時できなかったことに興味が向いてる気がする)

田舎の地方都市。このまま、こんな雑誌見ながら、ただただ結婚もできずに老いさばらえていくのかと焦る毎日でした。

さらなるマイナス点 痛む右手

大学を選ばなかったもうひとつの理由。

小学生のときの右手のやけどです。外傷はひどくなかったのですが神経が傷ついたのか、月に半分くらいの日数、右手が痛みます。

何かを書くとき、勉強するとき、テストの時、痛みと重なったときは、右手を噛んだり体重をかけて押しつぶしたりして、その痛みで神経の痛みを消す、といったようなことで乗り切っていました。

そうでもしないと書き続けられないのです。いまでも、便箋一枚くらいが続けて書ける限界。それ以上書く必要があるときは、次の日以降痛むこと覚悟の上でです。

まだ、大学の授業にパソコン、という時代ではなかったので、それも大学を選ばなかった理由のひとつです。勉強量の多い進学校の書く量、テストの量、でもう限界だったのです。

痛みをおして勉強するからには卒業のモチベーションが欲しい

まだまだ体調は悪かった。

遠出もできなかった。恋愛もしている余裕もないし、健康じゃない自分がイロコイなど。。

健康ではない、は何をするにも、「そこを解決してからじゃないとやってはいけない」といったブロックを長年持ち続けることになります。

ほんとはやりたいことをやる、ってところから健康になりたい、頑張りたい思いが強くなることもあるのですがね。

そして、半ば強引にスクーリング日程に申し込み、無謀といえば無謀な状態で参加することになります。