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国際離婚モノガタリ[であう前編 第2話]

進学せずに留学?

1話で書いたように、大学進学は選択しなかったわけだけど、じゃあ国際結婚うんぬん言ってるんだから留学とかしたんだーって思うかもしれません。

実は、こんなブログを書いていながら、一度も海外に行ったことがありません。

グローバル、グローバルって言っているのに?と思う方もいるかもしれません。でも、行けなかったからこそ、「外に出たからってグローバル精神にあふれる人になれる、出会えるわけじゃない」とはっきりと言えるのです。

世界を飛び回っている外資系ビジネスマンでも、英語が話せない山奥のおっちゃんでも、多様を理解して、ワールドワイドな考えや視点をもっていれば、それがグローバルなんです、と。

世界を飛び回れる人数の方が少ない

日本という技術的先進国(アートとか教育は後進国な気がします)にいるからこそ、海外飛び回る・英語しゃべれる=グローバル、といったイメージがありますが、世界で考えたら自分の田舎や国から出ない人たちの方が多い。

だから、何も英語が話せないことなどに劣等感を感じる必要がないと思うのです。もちろん、仕事で必要な場合は習得する必要があります。でもやみくもに英語しゃべれないと、という世間の認識がありすぎる。何に使うかもわからないうちからお稽古事のひとつになっています。

自分の今いる場所でグローバルに考える。いますこしずつ当たり前になっている[グローカル]の視点で考えていたのだと思います。

グローカル視点に至ったわけ

スピリチュアルに考えているわけではありませんが、グローカルに考えれるようになるために陥ったような気もする、ふたつの私にとってのマイナスの出来事があります。

パニック障害と、化学物質過敏症です。

もちろん、進学をしなかったのには「やりたいことがないのに大学に大金かける意味がわからない」といった想いもありましたが、留学にまで思いがいかなかったのはこの二つの持病を抱えたからだと思います。

当時はどちらも病名としてメジャーじゃなかったので、はっきりわかりませんでした。調べてでてくる情報もまだまだ少なかったですし、体調日記を細かく書いたり、図書館で本を調べまくって、どうにかたどり着いた病名。たぶんCSのほうは当時はっきりとしたものはなかったと思います。ただ、化学物質に敏感だなと思うしかなかったです。

気持ちは日本という「横に習え」から出たい。でも体はついてこない。高校卒業後は、気が緩んだからか一気に症状が出て、10分先のスーパーでさえ、戻ってこれるか不安な状態の18歳。

体調不良の最中、グローバルに生きることもできず、勉強はしたい、という思いから通信制大学に入学します。

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