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本当に学歴は関係ないの?

結局、いろんな分野を仕切っているのは学歴がある人

世の中が変わりつつあっても、いまだに仕切っているのは学歴持ちが多い。現場でよく物事を知っていたとしても、結局仕切る立場が回ってくるのは○○卒や資格持ち。

もちろん、なんらかでスキルや技術を証明することは必要だから、資格や学歴を敵視しているわけではない。

でも、日本の風潮的に、

スキルのある現場の人 < 資格・学歴持ちの使えない人材

がまだまだ残っているからだ。

学歴だって、家庭が安定していて、そのままやりたいことやれたから身につけられたものであることが多いのだから、「現場感足りなくてすみませんー💦 知識にスキルが追いつくように頑張るぞ!」と思えばこそ、学歴をはなにかけるようなことはよくできるなと思う。

問題は、安定した人にとって「普通」以外の環境を見たことがないこと

自分の環境以外に触れないと、社会を理解できないことはグローバル感覚にも通じることだけど、そもそも学歴をはなにかけることはしない人でも、

「実力・スキル・能力があるのに学歴にかける余裕、時間、環境がない人がいる」

ということに想像が及ばないことが問題だと思う。

だから、無意識に批判したり、「頑張ればできるよ!」なんてムダにポジティブな言葉を掛けたりすることができるのだと思う。

本来なら、無理しなくても学歴なりスキルなり身につけられる環境にいたなら、その資格などを使って、その環境にない人がステップアップできるシステム作り・社会づくりに活かすべきだと私自身は思うのだけど、趣味の拡大に余念がない。

中途半端な学歴から垣間見えるもの

なぜ、こんな文句が言えるかというと、私自身があえて「真ん中」に身を置くような状態でいるからだ。

高校までは進学校。でも疑問を感じながら。学び・教育について具体的に情報が入ってくる時代でもなかったから、違和感のみを感じていただけ。

大学に行く意味を感じなかったから、進学せず。(体験としてセンターも二次も受けた)

そして、学ぶことは好きだったので、通信制の大学へ。

結婚・子育て・離婚で、忘れてたので中退状態。

大学というものに関わったという点では学歴を意識して動いて、途中でやめてしまったという点ではドロップアウトした人生で、大卒のものには申し込めない。

高校の同級生などは、ほとんどがナントカ士やら、社長やらで高給取りだろう。私のように今後についていろいろ心配する必要もないと思う。

明らかに、市場のなかでは価値は低い。そこで闘うには、社会が好き好む属性をつける必要があるのを感じている。

自分だけなら、バックパッカーのように生きていくのだけど、子育てを考えると、自分の感性は隠して、社会に評価されるかたちを一時期作って、体制を整える必要もある。

人から与えられた環境で、ハイスペックな人たちをみて「うらやましい」と思うかは別として、今はそちらに寄って、自分なりの幸せに近づきやすい状態にすることも必要なときではないかと模索しています。

自分なりの幸せをつかむための妥協

人の為、にはどんどんすり減るほど頑張る性質。自分の幸せのために動くことはほとんどなかった。

幸せといっても、○○になりたいとか何かほしいとか、そういうのじゃなくて。

自分が我慢せずにいられる環境がほしいだけだと思う。さんざん人のために妥協し続けたのだから、自分のための一時的な妥協くらい大したことはない。

ただ、自分が幸せになることに慣れていないのが問題。

少し社会に寄って、自分の価値を活かしたり、今の状態でもプラスしていけることを始めていこうと思っています。

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