離婚した相手に再会したらどうする? 10年経って思うこと

離婚後 第1段階 恐怖の時期

DVとかで、というわけではなく、いろいろな問題やすれ違いで疲れてしまうと、相手との時間、相手と会うことに「恐れ」を抱くようになってしまいました。
会う前に「疲れる」「揉める」が想定できるからだと思います。

なので、離婚後、連絡先も知らないし、教えてもいないのに、もし遭遇したら、と考えたときに恐怖を感じ、怯えていた時期がありました。

SNSでもニックネームなどでしか登録できないものをやったり、元配偶者のかかわりそうな人やコミュニティではコメントしないようにしたり。
復縁だとしても、相手との時間が再びスタートすることに全力で恐れをいただいていたのだと思います。
今思うと、感情ではなく、本能で。
自分とこどものこころ、健康を守る意味で、防衛本能だったのだと思います。

離婚後 第2段階 憎しみの時期

全く会うこともないだろう環境を作り、相手との生活が過去のものとなると、今度は安定しない、体を壊していろいろな我慢を要する、子供にもさせなくてはならない環境にした元凶として、憎しみが湧き出てきます。

いつでも一生懸命やったのに。
あなたのせいで倒れたのに。
もっとできることあったでしょうに。
こうなる前に、こうならないように大事にはしなかったくせに。

今でも、この時期の感情を言葉に書くともやもやしたものは出てきます。完全に消え去ったわけではありません。
おそらく、時間が必要で安定した環境になれたら、許せるのかもしれません。今はまだ暗中模索の生活のなかで、友達と壊した花瓶を一人で片付けているような、そんなやるせなさがあります。

生活のなかで見えなかった、過去の行動を思い出して、あーここでもこんな対応されてた、と憎しみポイントをたくさん思い出してしまっていました。

子供に「パパはだめなやつ」という悪口はなるべく言わないようにしました。そこだけは気を付けました。とはいえ、少しは言います。子供のなかで完全なパパとして美化してしまうのも、ちょっと違うと思ったので、リアルは教えてもいいけど、大人の感情で脚色はしないように、そこは大事にしました。

憎しみがわくたびにイライラしたのは、きっと自分の存在価値を軽視されていたと感じていたからだと思います。自分自身でも軽視してしまっていたところはあると思いますが、それと他人がするのは別。今はわかります。

節約しなきゃ生活できないのに、(100均やコンビニレベルですが)衝動買いしがちだったり、モノを壊したりしていたのもこのころ。

余談ですが、お金がないほど高いものを買ったり外食をしたりするのをよく一般的に批難されますが、それは将来が見えないから。(甘えという意味ではなく、実質的な意味で)
明日、あさって、続いていく、その確信があるから計画でき、予定できる。
明日がわからない不安、明日どっちの方向に生きたらいい?それがわからなくなっているときに建設的な動きはできないのです。
余裕がないのです。安定した状況にしかいたことない人には、貧しいのに散財、我慢がない、に見えるんだろうな。

離婚後 第3段階 子供にとって恥ずかしくない人になっていてほしい

生活を安定させること、子供を成長させること、それで忙しい間に、やはり子供の成長のなかに相手のDNAを見るような時期もあります。

それに子供も子供のままではないから、大人になったときには、父親に会う会わないはこちらが決めることではありません。

そう考えたときに、まあいろいろあったけど、元配偶者側も歳を重ねてる。
もし、こどもが会うことがあっても、恥ずかしくない人生の送り方をしていてほしいな、と思うようになります。

別に、成功しててほしい、とかそういうのじゃなく。
親とは別に個人として、成長していく子供。
でも、再会したときに、えー自分の親がこうなの?と自己否定してしまうような姿にはなっていてほしくない、そう感じるようになりました。それはシングルでものびのびと育ってきた子供に対する、関わってない親なりのせめてものギフトだと思っています。

現在の気持ち 離婚後10年経って

生活がメインだし、まだまだ安定していないから、自分のことは後回し。それが正解と思って生きてきました。
こどもがある程度大きくなってきた今、3段階で感じたようなことを自分自身にも向けなければ、と思っています。

生活を放り出して自分磨き、とは言わないけれど、こどもが大きくなったとき、「ずっとあんたのために!」的なことを言うようになりたいくない。そして、元配偶者には立派な大人になっていてほしいと思って、自分は?
もし再会したときに、自分が生活に疲れ果てて、相手が立派になっていたらそれはそれで、腹が立つと思う。あんたは生活、子育て気にしないからりっぱになれたんだ、と。

そして、残っている憎しみの部分も、相手にとって何が一番の仕返しかっていったら、自分が「今のほうが幸せで、キラキラしていること」だと思う。

だから、離婚から10年経った今、自分の幸せ探し、してもいいんじゃないか(恋愛関係ではなくて)ってようやく思えています。

ずっと、金額の問題や時間の問題じゃなくて、たった100円でも自分が欲しいもの、自分がしたいこと、いいなーと思うことはしちゃいけない、するべきではないっていう感覚がずっと奥底にあったから。

自分も再会したときに、こどもにとってカッコ悪い自分ではいたくないな。それだけ。
だから、やっと自分磨きとか、自分に目線をもってくことにも興味が出てきたところ。

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