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ハーフの子を持つ親にとっての国際化やダイバーシティ

最近は、いろんなコミュニティでダイバーシティやグローバル化が叫ばれている。それ自体、日本が変わってきたということなのでよいことなのだが。

家庭内にすでに多様性がある

ハーフの子の場合は、両親の結婚生活が続いていようがシングルマザーであろうが、血筋・ルーツとして、文化が混在している。

それを当たり前として育ってくるこどもたちにとっては、周りが「同じこと」をよしとする社会のままでは、「家で教え育てられること」と「外で正しいとされること」の差が大きくなる。

本音と建て前、と言ってしまえばそれまでだが、社会自体が多様になっていけば住みやすくなる・生きやすくなることは確かだ。

多様性を認め合おうぜ、という活動への違和感

日本全体として、盛り上がっている感は喜ぶべきことなのだけど、どことなしに感じるのは多様性=特別、受けいれOKにしようぜという空気感。

あなたに多様に見えるBさんは、Bさんにとっても当たり前、普通であり、特別なわけじゃない。日本以外に出たら、あなた自身が「異」の側となる。

みんなが普通、で入れれる世界、社会でいいのに、特別感があるのが違和感。

多様性を認めることで、同じことは認めないみたいなもの違うし、同じことをよしとするのも変わっているのもいうなれば「多様性のひとつ」だよなーって。

多様性認めるために頑張っている感が否めない。

国際結婚家庭のダイバーシティ問題はルーツにかかわる深い問題

国際結婚家庭にとっては、多様性を受け入れる受け入れないというポリシーの前に、自分の存在意義・ルーツに多様性・国際化に対する考え方が関わってきてしまう。

だから、社会運動的な問題より、より自分ごとな問題なのであると感じる。外国人の元配偶者でさえそうなのだから、ハーフという日本以外のルーツを持つこどもたちにとっては、より近い問題であり、ブームでは終わらせられない部分でもあります。

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