スポンサーリンク
カテゴリー

お金がない、という不安はみんな同じではない。心の持ち様で括れることと括れないこと。

よく貧乏マインドだからお金がたまらない、お金への不安は幻想だった、といったようなお金のとらえかたを最近目にします。

確かに理論的のもスピリチュアル的にも、行動社会学とかそういった分野から見ても正しいのだと思います。

ただ、そこに簡単にたどり着ける環境の人とハードルが高い環境の人がいる、という現実はまた別に存在します。

お金が1万円しかないときに感じる恐怖感は同じか?

例えば、AさんとBさんがいたとします。

2人ともシングルマザーです。パートもしているけれど、まだ子供が小さいのでギリギリで生活しています。予定外の出費があり、給料日まで1万円しかありません。

Aさんは親はいなく、知り合いは多いけれど、親しい友人は今すんでいるところにはいません。兄弟もいません。

Bさんは、実家の近くに住んでいますが、自立して親に頼ってはいません。お金を借りたりすることもしません。親もまだ健在です。

AさんもBさんも、友人や親に頼っていません。

状況は同じだから、1万円でやりくりするストレスも同じなのでしょうか。

「頼らない」と「頼れない」の違い

2人の違いは、ここだと思います。

そして、無形、有形の安心が回りに存在するか否か。

「1万円しか」が与える恐怖は、全く違うものになります。

Bさんは頼っていないけど、「ある」【もてる】人の側なのです。だから、何かスキルをつかんでステップアップすることも努力次第で可能でしょう。

Aさんは頼れない。いろんなものが「ない」のです。万が一、のときに安心材料が「ある」と思うか「ない」と思うかで、同じ苦境でも感じるストレスは異なってきます。

「ある」側にとっては、こころの持ち様でお金は回ってくるようになるもの。だって、土台となる信用や、家族や、関係が存在するから。(お金じゃないけど、資産のようなもの)万が一、のときしか頼らないけど、万が一に頼れるところがある。

「ない」側にとっては、こころも持ち様以前に、1万円しかなかったら子供が熱出したらどうする、学校から急な集金がきたら、冷蔵庫が壊れたら、、など現実がそこには存在するわけです。万が一、が実際に起こったら、解決する方法が全くない。ゼロ。

だから、万が一が起こりませんように、起こりませんように。と願いながら、お金が安定するのを待つ。

いつも、神経すり減らしているのだから、「貧乏マインドやめるぞ!」とか「スキルアップのため資格取得!」とかまでエネルギーを残すことができません。

マインドの前に現実対策

マインドを変えるも何も、土台がある人とない人では違うのです。まずは、現実を認識しないと現状は変わらないのです。

1万円足りないからもっとパートを増やそう、とか。

持病があるけど、生活しなきゃならないからもっと働こう、とか。

そういうことではなくて。だって、持病を無理したら、子供は施設で育つことになるかもしれない。1万円増やすために、毎日喧嘩して疲れて、家は寝るだけのところになったら、そもそも何のために家賃を払っているのかわからなくなる。

「持病で外では働けない」

「家ではイライラしたくない」

「何年後には〇〇したい」

「ここではプライドを捨てれるけど、ここまではできない」

シングルだから、生活のためには~すべき、我慢すべき、持病で外では働けなくて情けない、じゃなくて、「外で働けないこと」「頼りがいないこと」「~は嫌」という事実と、現実をしっかり見つめてみることだと思うのです。

理想を達成するためじゃなくて、現実どうなのか、どこを改善すべきなのか。

マインドは土台が持てて、さらにお金に愛されたいと思った人が学んだりしていったらよいと思います。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする